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結婚するつもりなんてなかった。
恋愛はたのしいし、仕事だって同じくらいたのしい。
別に誰かに稼いでもらわないと、生きていけないわけじゃない。
一人での生活が楽で、自分で全部決められるのが楽で。
だったら、一人でいいんじゃないって思っていたんだ。
わりと最近まで。
夜景の見えるお洒落なレストラン「ROUTE50」のひと席で私はそんなことを考えながら、ワインを傾ける彼を眺めていた。
いつもは焼き鳥か居酒屋でくだを巻いている彼が、どうしてか私をこの店に誘った。
その理由を私は心のどこかで理解していて、さっきから視線をうろうろとさせている彼の目をじっとみつめる。
「さっきから目、あわないね?」と私がいうと彼が困ったように笑った。
「だって……」
「だって?」
「だって、なんかいつもと違うじゃん」
「そう? 特に何にも変わんないけどな……」
「え、なんか、肌つるつるじゃない?」
「え、なんかしたっけ?」
と、そこまでいったところで、ふと頭の中にひとつの答えが浮かんだ。
誕生日のクーポン券についていた美容エステ。
毛穴やニキビ跡の治療をおこなうことができるといわれて、やってもらったのだ。
たしかに、毛穴がきゅっとひきしまって、化粧がかなり綺麗にのるようになった。
友人には治療を行った当初はよく褒めてもらったのだけれど、まさか化粧や美容にうとい彼にもわかってしまうとは——なんてそんなことを考えながら、頰を綻ばせる。
「ねえ、もしかして——」
彼が言いづらそうに眉をひそめながら、私のことをみつめる。
「もしかして? なに?」
「浮気とか、してたりしてないよね?」
「なにそれ……」
「ごめん、嘘。そんなこと思ってない、いやちょっと思ったけど……だって急にかわいくなるから、びっくりするじゃん。こっちだって」
「ふふ、びっくりさせちゃった?」
「びっくりした、びっくりしたついでにこれ……」
彼がそっと差し出した小さな箱。
私はそれの中身が見なくてもわかった、ような気がした。
「結婚しよ、おれとすっごいかわいい君と」
私は彼が差し出したその箱を受け取る。
「あけてみて」という彼の言葉に促されるままに、開けてみる。
きらりとひかる小さな光。私の誕生石の入った指輪。
左手の薬指にぴったりはまるサイズ。
結婚なんてするつもりはなかったんだよ、なんていったら。
彼はまた拗ねるんだろうか。
けれど、彼のいった答えは違った。
「じゃあ、俺が結婚させたいって思わせてあげる」だって。
残念ながら、私はとっくにあなたと結婚したいと思っているのだ。