年下彼氏とはじめて旅行にいくことになった……。夜に向けて準備をする私は……

彼と付き合いはじめて、もうすぐ三ヶ月が経とうとしていた。

恋人との旅行はこれがはじめてではないけど、彼との旅行ははじめてで浮き足立っている私がいた。

今まで年上の恋人ばかりだった私にできた、三つ年下の彼氏。

とびきりかっこいいというわけじゃないけど、酔っ払ったふにゃりと笑ったその顔がかわいくて、告白に頷いてしまった。

「ねえねえ、お好み焼き食べたい」

「それから、あのアトラクション乗ろうね」

「ホテルに帰る前に、おつまみ買って帰ろ。あ、ワインもね」

彼のかわいい笑顔にきゅんと胸が高鳴る。

細くて骨ばった指は、どこまでも私を連れて行ってくれそうだ。

コンビニで買った安いワインをホテルのベッドに座りながら美味しそうに飲む彼。

時折、私のことを柔らかく目を細めて見つめる。

握られたままの指をそっとなぞっていく、彼の指。

ふふ、と彼がまたふにゃりと笑った。

あ、私の好きな顔だって、わかって、わかってて、それでも、もっと好きになる。

今日のために買ったかわいい下着。

レースがたくさんついているそれを彼はきっとかわいいっていってくれる気がして。

すべすべとした肌になるように、数週間前からちょっといいボディークリームを塗っていた。

いったことのなかった美容整形でほんの少しのしわとり。

頰がきゅっとひきしまっていい感じ。

彼からも、なんかちょっとかわいくなった?っていわれた。

「なんか今日すっごくかわいい……なんで? どうしたの、そんなにかわいくて……」

「かわいい?」

「うん、とってもかわいい、食べちゃいたいくらいかわいい」

ふふと彼が笑って、私の背中に腕を回した。

かわいい。かわいい。彼の言葉が私の心で魔法のようにじわじわと聞いてくる。

うれしいな、頑張ってよかったなって思っている自分がいる。

ほんの少し、背伸びしてがんばっている自分のこと、きらいじゃない私がいる。

彼だって、そんな私のこと、好きだって言ってくれる。

「ねえ、キスしてもいい?」

「だめっていったらどうするの?」

「だめっていってもするよ?」

「じゃあ、聞いた意味ないじゃん?」

「うん、そうだねえ」

そういって、彼の唇が私の唇にかさなる。

ワインの甘く苦い匂いが鼻をかすめていく。

優しい指が肌をそっと撫でていく。

ああ、やっぱりすきだなと思う。

彼が私に頰を擦り寄せた。まるで子犬みたいに。

薄いあかりに照らされる私の顔も身体も思ったよりも悪くない。

「ふふ、下着、かわいい。これ、すき」

彼がそう言ってまた笑った。

『結婚なんてするつもりなかったのに……。そんな私を心変わりさせた彼……』

結婚するつもりなんてなかった。

恋愛はたのしいし、仕事だって同じくらいたのしい。

別に誰かに稼いでもらわないと、生きていけないわけじゃない。

一人での生活が楽で、自分で全部決められるのが楽で。

だったら、一人でいいんじゃないって思っていたんだ。

わりと最近まで。

夜景の見えるお洒落なレストラン「ROUTE50」のひと席で私はそんなことを考えながら、ワインを傾ける彼を眺めていた。

いつもは焼き鳥か居酒屋でくだを巻いている彼が、どうしてか私をこの店に誘った。

その理由を私は心のどこかで理解していて、さっきから視線をうろうろとさせている彼の目をじっとみつめる。

「さっきから目、あわないね?」と私がいうと彼が困ったように笑った。

「だって……」

「だって?」

「だって、なんかいつもと違うじゃん」

「そう? 特に何にも変わんないけどな……」

「え、なんか、肌つるつるじゃない?」

「え、なんかしたっけ?」

と、そこまでいったところで、ふと頭の中にひとつの答えが浮かんだ。

誕生日のクーポン券についていた美容エステ。

毛穴やニキビ跡の治療をおこなうことができるといわれて、やってもらったのだ。

たしかに、毛穴がきゅっとひきしまって、化粧がかなり綺麗にのるようになった。

友人には治療を行った当初はよく褒めてもらったのだけれど、まさか化粧や美容にうとい彼にもわかってしまうとは——なんてそんなことを考えながら、頰を綻ばせる。

「ねえ、もしかして——」

彼が言いづらそうに眉をひそめながら、私のことをみつめる。

「もしかして? なに?」

「浮気とか、してたりしてないよね?」

「なにそれ……」

「ごめん、嘘。そんなこと思ってない、いやちょっと思ったけど……だって急にかわいくなるから、びっくりするじゃん。こっちだって」

「ふふ、びっくりさせちゃった?」

「びっくりした、びっくりしたついでにこれ……」

彼がそっと差し出した小さな箱。

私はそれの中身が見なくてもわかった、ような気がした。

「結婚しよ、おれとすっごいかわいい君と」

私は彼が差し出したその箱を受け取る。

「あけてみて」という彼の言葉に促されるままに、開けてみる。

きらりとひかる小さな光。私の誕生石の入った指輪。

左手の薬指にぴったりはまるサイズ。

結婚なんてするつもりはなかったんだよ、なんていったら。

彼はまた拗ねるんだろうか。

けれど、彼のいった答えは違った。

「じゃあ、俺が結婚させたいって思わせてあげる」だって。

残念ながら、私はとっくにあなたと結婚したいと思っているのだ。

第二段へつづく……。

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