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「サイアクだ……」と雨に濡れながら、私がいうと、隣にいる男が眉をひそめながら、同じように呟いた。
互いに、相手の顔を思わず見てしまう。
ブランドもののスーツと、品のいいネクタイ。少し濡れた黒い髪の毛。
宝石みたいなきらりとひかる瞳。高い鼻ときゅっと引き締められた唇。
うわっ、カッコ良いな。思わず口に出そうになったのを慌てて、閉じる。
どこかのドラマに出てきそうな綺麗に整った顔。
どこかのドラマみたいな、シチュエーション。
突然の雨、雨宿りをするふたり。水もしたたる、この世界。
天気予報が外れてよかったな、傘を持っていない二人はどれくらいの時間を共有できるのだろう、なんて。
残念なことといえば、私が水もしたたる美女ではないことと、女優ではないこと。
「あの……雨、降ってますね」
彼が困ったように笑いながらそういった。持っていたハンカチで髪の水分を拭き取る。
そして、それをみつめていた私にハンカチを差し出してくれたけど、私は自分のハンカチを取り出して、首を振った。
「すごい雨ですよね」
「天気予報、今日は一日晴れだって言ってたのに……」
「まあ、最近急な雨が多いですもん」
「そうですよね」
会話は思ったよりも弾む。
「あの——お休みですか、今日」
「あーそうなんです、ちょっと病院に」
「病院、どこかわるいんですか?」
「いや、大したことないんです」
美容医療で眉毛のアートメイクをしてもらって、それからサプリメントよりも効きのいい、肌がつやつやになる内服薬を処方してもらった——なんて、さすがに彼にはいえないか。
いったところで、彼にはわからないかもしれないし。
私はとびきり可愛い女優でもないし、綺麗なモデルでもない。
いや、女優もモデルも美しくあるために努力をしていて、だから私もちゃんとしないといけないと思う。
なんて、一人で決心をかたくする。
「あの……」彼が目を細めながらこちらを見てそう言った。
「はい」
「もしよければなんですけど」
「はい」
「雨が止むまでの間、お茶していきませんか?」
「え?」
「あなたのお話し、ききたいなと思って。もしよければなんですけど」
私は面食らってしまって、しばらく彼のことをみつめる。
しとしとと雨の降る音が耳のすぐそばで聞こえる。
こんなドラマみたいなこと、女優でもモデルでもないけどおこっちゃうんだな。
「あの」
「あ、はい。私もお話し聞きたいです、その、あなたの……」
ふっと彼が微笑む。雨よどうかやまないで——と私は小さく祈った。